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「…チュー」
怪物の森の奥深く、突如として空から落ちてきた木箱はすんでのところで大破を免れ、ぬかるんだ泥の中に半分沈み込んだ。中身は随分と重いらしい。何かが揉み合うように動くたびに箱は傾いで、ずぶずぶと沈んでいく。
「チュー、いきてる?」
再び、箱の中からえんまの声がした。場所は一体どのあたりだろう。天然の磁力が強く、リヴリーは自分の居る座標を把握することができない。
「あのハゲ、ほんとにやりやがったな。派手に落っこどしやがって」
返事をする代わりに、チューヅがぼやく。真っ暗な箱の中で、えんまの吐いた息がのんびりと煙った。
リラが何者かにリークした以上、GLLの警備は固くなるだろうと予想がついていた。そのくせ、キーにとりつけた解除装置からは、未だにリモコンへの信号が届き続けていた――つまり、情報が行っているにも関わらず、GLLに入る道は開いたままだった。まるで入ってこいと言わんばかりに。
「ということは、敵はGLL職員じゃないのかもな」
GLLに直接訴えられたならそもそも、こんな回りくどい手を使うまでもないし、第一、野良リヴリーのリラが無事でいられるとは思えない。相手が運営ならともかく、一般のリヴリーなら計画遂行の余地はまだあった。装置を仕掛けてしまった以上、いずれ足は着くだろう。
そこで考えた別ルートが、ロボットからの降下である。即席で作った降下用積み荷の中にえんまとチューヅが入った後、緋夜輝が忍び込んできたのには驚いたが、とにもかくにもなんとか2匹がGLLに入ることには成功したわけだ。
あとは、怪物の森から出て、案内人を待つばかりだが――
「マジで来んのかよ、蜘蛛女はよ」
僕の彼女だ、信じろとジャスタスは言った。しかし当のジャスタスが信用ならないことこの上無いのは周知の事実であった。苛立たしげにチューヅはぼやく。
「そうだねえ……」
のんびりとえんまが相槌を打ったそのとき、ひときわ深く箱が沈み、それから箱の上板が乱暴に剥ぎ取られた。真っ暗闇がさほど明るくなったわけではないが、闇とは明らかに質感の違う黒い葉の生い茂る天井に、ぬっとドルテの、ショッキングピンクの髪に飾られた頭が、息を切らしながら覗いた。
「まじで来たようだよ」
見上げてえんまが、微笑む。
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「……おかしいなあ」
GLLをぐるりと囲む石塀の東の淵。本来ならばスタッフくらいしか出入りしない辺鄙な場所にあるその門のそばで、深緑色のオオツノワタケ、イドリーシは注意深くしゃがみこんだ体制のまま、くるくるの短い巻き毛を掻いた。
時計の針は正午をわずかに過ぎたころ。リラがバラした通り、東門に取り付けられた鍵はきっかり予定時刻に壊れ、チーム・スラバヤの一味がやってくるのを今か今かと待っている――もっとも、やってきたらすぐさまイドリーシ達が彼らを捕まえる算段になっているのだが。
「あ゙ーっ!門の向こう側にもいないっ!アイツら、いったい何をグズグズしてるのだ?もう待ちくたびれたのだ!」
同じく東門の担当である迷歌はいらだちを隠そうともせず、耳をぴったり鍵穴にくっつけて向こうの様子をうかがっている。壊された鍵に自動修復プログラムが働くまで、あと4分程度しかないというのに、本当に門の向こうには一切の気配が見られなかった。緋夜輝からの連絡では、予定時刻にロイヤルフェニックスは島を飛び立っており、計画が中止になった様子はない。正門を守る樹樹からも、援軍を頼む紙ヒコーキは来ていない。ならば、この鍵はおとりか、それとも何か別の意図があるものなのか。平和そのもののGLLの様子は、迷歌だけでなく、イドリーシの不安をも煽った。
「まあ迷歌さん落ち着いて。ほら、ベランジェさんからお返事がきましたよ」
そのような懸念はあくまで内心にとどめ、彼は空を横切って落ちてきた紙ヒコーキを受け取ると、珍しく走り書きされた万年筆の筆跡にむぅ、と口を結んだ。
「こちらの動向が悟られた様子……と。
ぼくらのうちひとりは、今すぐ正門に配置換え。
東門の警備はひとりで続け、終わりしだい樹樹さんと合流してくださいですって」
「行く行くっ!退屈な門の警備はもうたくさんなのだ!
メイが正門に行くからイドリーシは後から追ってくるのだ!」
たちまち目を輝かせ、正門の方向へと走り出していく迷歌。その襟首に
「ああ、待ってください。正門に行っても門の警備任務なのはかわりませんよ」
と、イドリーシが手持ちの棍棒をひっかけて止める。
「え?」
「正門に敵はいません。それに樹樹さんもいないはずです、念のため」
訝しげな表情で首をひねる迷歌に、彼は苦笑いを漏らしつつ、手紙の後半を差し出してみせた。
「……樹樹さん、門放ってどっか行っちゃったらしいんですよ」